2002 Cebit Asiaと上海浦東新区工場見学会

 2002年6月12日〜15日までポートメッセ名古屋で開催された「モノづくりワールド(製造技術総合展)」の第39回開催記念・感謝(サンキュー)特別企画で入場者の中から5名を上記見学会の招待がありました。
 なんと、大当たりで私が5名の招待者の一人となりました。2002 Cebit は第2回アジア国際情報通信技術見本市で9月2日より5日までの4日間、新築された上海国際見本市会場(SNIES)で開催されます。同展はドイツ産業見本市社が昨年アジアで始めて開催し、世界23か国から521社が出展しています。浦東新区は経済優遇策(利益が出てから2年間は免税、その後は3年間税額は半分。上海全体の範囲ないで銀行・保険会社などの金融機関の開設を許可など)が与えられ、現在では外資への開放度の最も進んだ地域になっている。今回は半導体製造工場の見学が予定されていた。
 8年前より始めたインターネットも当初はテレホンカード、図書券、商品券等がよく当たりましたが、最近はインターネット人口が激増したため当たった試しがありませんでした。 しかし、思わぬところで当選し、大変ラッキーです。
 

<ツアー参加報告> 
 ツアーに参加し、無事戻ってきましたので報告します。
 ツアーは16名の参加者がありました。そのうち、招待参加が9名(ものづくりワールドで出展者側の抽選で5名が当選して内4名の参加、入場者の中から当選した人5名)だった。日刊工業新聞社から同行者の方が一人いました。私にとって今回のツアーは中国へ初めての訪問です。
 飛行場からホテルに向かう中で、立体道路の発達がすごく、予想以上の大きな都市であことに驚きました。人口1300万人だが、現在もいたるところで道路工事やビルの建築が行われておりどんどん発展(むしろ進化している)しており世界一の都市になるの時間の問題だろう。高速道路の建設でも国民が土地の売買することを許されていないので、政府が計画すれば古いものを取り壊し、あたらしい建造物を容易き構築できるので建設期間の非常に短くてすむという利点があります。
 初日は、ホテルに着いてから食事するだけのスケジュールだったので、オプションとして上海雑伎団のショーを見にいった。ショーを見ないと上海に来たことにならないと言われるだけあって、曲芸が芸術にまで高まっており感激した。
 2日目は2002 Cebit Asiaの見学をしました。 パソコン、パソコン周辺機器、携帯電話、OA機器等の展示会で欧州、東南アジア各国からの出展も多く、大変活気のあるショーでした。技術的には目新しいものはなかったが、大手企業のブースはなんと2階建て(1階が展示上、2階が商談ルーム)と立派なことは驚きました。日本ではコストが高くなるので2階建ての展示なんかまずやらないだろう。 
 専用のバスで行き、帰りの待ち時間があったので、同時開催していた分析機器展にもいった。日本よりもドイツからの展示が多いのが特徴でした。上海は車もフォルクスワーゲンのシェアが一番でドイツとの関係が深いようです。
 ショーで感じたことは、パンフレット、手提げ袋等が通路に落ちていても、自分のブースのまでもゴミを拾おうとしないことです。かって、エンパイアステートビルにいったとき、エリザベス女王が訪問したときの写真が掲示してあり、写真には床にゴミが散乱していたのが印象に残っていますが。これと同様で日本人には考えられない光景です。国民性の違いがあり、品質管理の基礎である5Sの徹底には時間がかかるのではないかと思った。 また、会場のクーラーが利きすぎていた。中国は京都議定書で炭酸ガスの削減は先進国が行うべきであると行っている国であるから、省エネという感覚が薄いのではないかとも思った。
 当日は夜のスケジュールがフリーだったので、上海に工場をつくり毎月来ている友人と会う予定でしたが、仕事の都合で上海に来れなくなったとホテルに電話があった。そのため、2日目の夜はツアー仲間数人と美人のガイドさんに同伴してもらいお奨めのレストランで食事をしました。一人100元でお任せ料理としてもらったら上海がに、北京ダック等もあり、ビールと紹興酒もタップリ飲んで一人138元(約2000円)とびっくりするくらいの安さだった。レストランで料理が余ったのDoggy Bagを用意してもらい持って帰ろうと思ったが、レストランを出ると乞食がいたのであげてしまった(ひょっとすると乞食の方が毎日高級料理を食べているのではないかと後で思いましたが)。

 3日目は工場見学として国営の上海人民電器という会社を訪問したが、見るところが制限されていたので得るところはほとんどなかった。見たところISOに関連する掲示がなにも無かったのですがISO9001は1994年版で取っているとのこと。方針の明示と識別・清掃は出来ていた。 その後で、立ち寄ったシルク専門店における絹の生産工程の実演と説明の方が勉強になった。
 工場見学の後は上海市内の観光で、外灘(ワイタン)、豫園、上海博物館、人民広場等を見て回り、夕食をかもめの形に似た建物の海鴎舫というレストランで取っていたら、日本のテレビタレントの「坂本ちゃん」の一行が突然に我々のテーブルの近くを通った。番組の収録をしていたのだろう。 食事の後はレストランの横からナイトクルーズで夜景を楽しみ、かって租界時代の名残のビルディングがライトアップされて、美しいフォルムを醸し出していた。 
 
 上海は一見とても共産圏の国には見えないが、スーパーでの買い物には登録しなければならないこと、土地の個人所有できないことなど制約がいろいろあった。政府の政策もあり、また人口の多さから人件費は向こう10年間は上がらないと言われている。物価は確かに安く、いろいろ驚きましたが、ビールよりもミネラルウオーターやコーヒーの方が高いのにはびっくりした。ビールはコンビニで50円〜60円程度で買えます。ただし、アルコール濃度は3.5〜3.8%のものがほとんどでした。
 人、自動車、自転車等の交通ルールは早い者勝ちということで、なれないと非常仁怖かい。車の前に平気で人が歩いくるし、車の横入りも当たりまえで遠慮しているといつまで経っても進まないと言う状況だった。上海では車が多く渋滞が普通なので大きな事故も少ないとのこと。そのため最高速度の制限をする必要がないとのこと。
 残念なことにはツアーメンバーの一人がスリに会い、現金とパスポートを取られたという悲劇があった。スリは3人組で一人が片言の日本語をしゃべり、全然関係ない人を指さして「あちらに逃げた」と言っている方向に気を取られている隙に他の2人が財布を持って逃げてしまうという手口だったようです。
 帰国のフライトは台風の影響を受けて2時間遅れましたが無事帰えることが出来ました。
 いろいろあったが、私にとって上海はまた訪問した都市の一つになりました。


  その後、中国に関心が高くなりテレビや本で得た情報から考察してみました。展示会会場で中国人はゴミを拾おうとしないことを記載しましたが、かってニューヨークのエンパイアステートビルを見学したときも同じような印象を持ちました。英国のエリザベス女王が見学にきた時の写真が掲示してありましたが写真に写っている足下にゴミが散乱していたのです。いずれも日本では考えられない光景です。かって、米国は品質で日本に完敗したが中国はどうだろうか。現在、中国は世界の工場となっており、世界中に安い製品が輸出されています。しかしながら、やすかろう悪かろうでは物は売れません。中国製品の品質はそこそこ良いから売れていると思われます。
  米国人と中国人の違い何かを考えて見た。米国の労働者は自分の生活をエンジョイするために働いているが、中国では生活を維持向上するために働いているのではないかと思います。すなわち、仕事に対する考え方が明らかに違いがあります。仕事に対する意欲、意気込みが違ってきます。品質に対してはQCサークルにも意欲的に参加し、品質改善につながっているのではないでしょうか。
 中国では13億人いるが、企業に勤めそれなりの給料をもらっている人はまだ一部の人たちです。企業としてはまじめに仕事をしない人間が首にしても地方には人材は豊富です。従って、仕事を確保するためにも必死になると思います。上海と田舎の人の給料は5〜10倍も違うようです。
  また、中国では2001年から3つの代表という理念を掲げ、企業経営者も共産党への入党を認めるという方針転換をしました。共産主義と資本主義を同居させる理念です。矛盾がないのかよく分かりませんが、企業経営者も共産党へ入党する人が増えているとのことです。企業内に共産党員を増やせば、目的意識の高い労働者が増えて業績が良くなるだそうです。私の知る限り、日本の企業で共産党が労働組合を支配しているところは賃金の要求が高く、経営の足を引っ張りかねないところが多かった。また、ソ連はドイツで共産主義が破綻し、北朝鮮でも危機的状態になっているが、その点中国は時代の流れや環境の変化に対応する柔軟性があり(4000年の歴史の知恵か?)今後もうまくやるだろうと思われます。



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